このゴミ置き場に足を踏み入れるならゴキブリとの遭遇を予め覚悟しておかなければならない。冬場ならまだしも、今の時期、夏場はその遭遇率は限りなく１００％に近い。

しかしここがゴキブリの巣と化しているおかげで、賃貸の部屋にはほとんど彼らが流出することはないと言うメリットもある。仮にここにゴキブリ駆除の手をいれたなら、恐らくは逃げ場を失った彼らの行く先は我々住民の部屋だろう。そうならないためにもこのゴミ置き場が彼らにとって居心地の良い場所であることは必要不可欠なのかもしれない。

そして僕は、恐らく多くの人がそうであるように、身の毛もよだつほどゴキブリが嫌いと言うよりは怖いのだ。

出来ることならゴキブリに出会いたくない。そこでなるべく彼らと遭遇しないように色々と対応策を考えている。しかし、僕が彼らと遭遇したくないのと同じように彼らも僕と遭遇したいとは考えていないはずだ。そこで僕は常に自らの存在を出来る限りアピールして彼らのテリトリーに足を踏み入れるのだ。

まずドアを開ける前にはきちんとノックをする。最低限の礼儀だ。もちろん「コンコン」なんてかわいらしいノックではなく、足で「ガンガン！」とドアを蹴ってなるべく大き目の音を出すことにしている。周囲の住民に迷惑をかけない程度にせいいっぱい騒々しく。こうすることで室内のゴキ様達はこれから僕が入室しようとしていると言う危険を予め察知することができる。

そして、ドアを開け、電気をつけたら再びドア付近を叩き、警告音を発する。万が一最初のノックに感づけなかったゴキ様がいた場合にもう一度逃げるチャンスを与えようと言う配慮だ。

さらに部屋の中を隅から隅までくまなく見渡す。僕の警告を察知し逃げる途中のゴキ様たちが数匹見えることがままある。そんなときは冷静に彼らが自らの身を安全な場所に隠すまでじっと待つのがシキタリと言うものだ。

そしていざ入室。不燃物や缶、ビン、ペットボトルなどは部屋の奥まで入らなければならないのでなるべく大きな足音で歩き、自分の存在を彼らにアピールするようにしている。そして、速やかに、一点の迷いもなく目的を達成し、未練なく退室するようにしている。

これはお互い出会いたくない相手なのだから会わずにすむようにとする、僕の最大限の彼らへの愛情と配慮なのだ。

それなのに・・・。それなのに時として彼らは僕に立ち向かってくる。肉弾戦になったら彼らにとうてい勝ち目は無いというのに。。。

昨晩、僕はいつもの様にゴミを捨てに、彼らの聖域に足を踏み入れた。もちろんいつものように可能な限りの危険信号を発しながら。。

そして速やかにゴミを捨て、小走りで退室しようとしたその時！無邪気なのか無知なのか、一匹のゴキ様がゴミカゴの下から僕の進路上に飛び出してきた！一瞬の出来事だった。ゴキ様の姿を確認した僕は必死で自分自身が前に行こうとする力を押さえようとした。車で言うなら急ブレーキである。しかし間に合わなかった。僕の右足はゴキ様の上半身に見事に直撃した。

ゴキ様は床に潰れた上半身を一体化させたまま他界。脈は確認しなかったがあからさまに死亡していた。僕は軽く悲鳴をあげ、いつもよりややスピーディーにゴミ置き場から退室。マンションの玄関マットで右足をこすり、半ベソで小走りで我が家に帰宅。

この夏一番のおぞましい事件だ。僕の愛情と配慮が何故彼らに伝わってくれないのだろう。彼らを想っているのは僕だけなのか？

僕はゴキブリに片想いしているのか！？

今後しばらくの間、あのゴキ様が僕の右足の下で潰れて行く感触が僕の睡眠を妨げ続けるに違いない。

僕のこの切なくも熱い想いが、ゴキブリたちに届く日がいつか来ると願っている。